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帰省しておりました
2008-08-17 Sun 14:07
 8月7日から帰省する予定でいたのですが、
 8月6日未明、私の祖母が亡くなったとの電話が入り、
 急遽一日くりあげて帰省しました。

 92歳。大往生でした。
 私が6歳の時から、大学に入るまで同居していた祖母だったので、やはり思い出も思い出しきれないほど多くて。
 このごろは施設に入居しており、目も耳も不自由で、ほぼねたきりだった祖母。ずっと神様の元に召されることを望んでいた祖母にとって、ようやく楽になれた死ではありました。
 だけどやっぱり、身近なひとを亡くすのは、悲しいものです。
 というよりは、これはたぶん、自分自身が祖母のためにいろいろできなかったことを後悔する涙なのかもしれないな?、なんて、今も書きながら思います。

 祖母は満州から引き揚げてきたひとで、その途上当時4歳だった娘を栄養失調で亡くしました。自分自身やもう一人の娘も病気にかかりながらも命からがらようやく日本に帰国できたとの話をいつも聞かされました。
 だから私は子どものころから
 「戦争だけは絶対にしちゃいけない」
 と、それこそ耳にタコができるほど聞かされてきたものです。
 祖母の一生も、その思いに裏打ちされたものでした。

 そんな祖母が8月6日の原爆の日に亡くなった。
 まるでその日を選んで亡くなったみたい。
 忘れちゃダメなんだ、と言われているようです。 
 離れて暮らし、祖母に対してできなかったことは多かったけれど、せめて、平和の大切さを子どもたちに伝えていかないと、と思う今年の夏です。
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コメント

本当にご愁傷様でした。
 おばあちゃんの思い出は、遊びに行くと、外で遊んできなさい、といわれたこと。テレビの前を横切る時は失礼します、と言ったほうがよいことを教えてもらったこと。立派な菊や植物を育てていたこと。
 厳しいイメージでしたが、今、色々教えてもらってありがたかったなあ、と感じています。

 大変な人生を生きられたのですね。
 そして最期まで、検体を希望されて。悲しいのはもちろんですが、おばあちゃんの一生はたくさんのことを教えてくれました。
 ご冥福をお祈りします。
2008-08-18 Mon 11:38 URL | うめ #-[ 内容変更] | top↑
suzukyu、大変だったね。
どんな大往生だったとしても、お別れは悲しいよ。
でもおばあちゃんは母として奮闘するsuzukyuのことがとても大切だったと思うよ。
向こうの時間だとほんの少し、こっちの時間だとあと何十年だけど
またきっと会えると思って、胸張って会えるよう私もがんばってるよ。

私たちって、リアルに戦争を体験した人たちから
直接話を聞けた最後の方の世代だから、責任重大だと思う今日
この頃。
お互い、おばあちゃんから伝えられたもの、しっかり受け継いでいかなきゃだよね。
心労&過労で体壊さないようにね。
2008-08-18 Mon 12:58 URL | うっちぃ #-[ 内容変更] | top↑
*☆お返事☆
>うめちゃん
 ありがとう。しかしウチのおばあちゃんときたら、うめちゃんにも容赦なかったのね(笑)。そんなエピソードを聞けるのも、なんか元気だったころのおばあちゃんを思い出させてもらえて嬉しいよ。
 孫たちも甘やかされた思い出はないけど、逆に心に残るおばあさんだったなあと今回しみじみ思いました。

>うっちぃ
 コメントありがとう。
 ほんとに、私たちの責任は重いと感じるね。
 オットともよく話すんだけど、近頃の国語の教科書では、どんどんそういうニオイのする教材はなくなってきており、今の子どもたちが「ああいやだ」と思うような経験は少なくなる一方です。
 いつかおばあちゃんと再会したときに胸張れるような生き方をしたいもんです。できるか・・・??
 
2008-08-21 Thu 15:08 URL | suzukyu #-[ 内容変更] | top↑
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